水戸 恵藍舎だより


by emispiral

水戸藩歴史散歩・7  加倉井砂山の日新塾

 前に書いた飯富地区(成沢町)には、江戸時代末期に水戸藩最大の私塾だった、加倉井砂山の日新塾跡地があります。うちから車で5分弱のところです。
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 茨城県と水戸市は、この日新塾跡地も含めて、弘道館や偕楽園などを「水戸藩の学問・教育遺産群」として世界遺産への登録を目指しているとか。先日の新聞には、「塾舎が特定できないので、発掘調査を進めています」と水戸市文化振興課の人のインタビューが載っていましたが、実は3年前ぐらいまでは、この場所に江戸時代からの塾舎が残っていたんです。水戸市はそれを保護せず、ほったらかしにしておいて、今さら発掘なんて、笑っちゃいます。そして、もう少し取り壊すのを待っていてくれたらよかったのに・・・と、本当に悔やまれます。

 そういえば、3年ぐらい前に加倉井砂山のお墓にお参りに行ったとき、水戸市の文化振興課の人たちにばったり会いました。それで、思わず話しかけて、「日新塾をなんとかしてくださいよ!」とけしかけたのだけれど、一市民の訴えじゃ、やっぱりたかがしれていました。ああ、本当に無念。

 でも、物事はとりようかな。建物はなくなってしまったけれど、日新塾にスポットが当たりつつあるのは確か。30年で3000人も学んだというこの場所も、いずれきちんと整備されていくのでしょう。地域の歴史を子どもたちに語り継いでいくというのは、自治体の役目ですからね。そうそう、先日この近くに住むおばあちゃんに、日新塾にまつわるお話を少し聞くことができました。またそのうち書いてみます。
by emispiral | 2007-10-12 06:05 | 水戸藩歴史散歩