水戸 恵藍舎だより


by emispiral

水戸藩歴史散歩・9  天狗党と諸生党

 自分の中で、10年近く持ってきたテーマを、ようやくここに書けるようになりました。

 それはこれまでで初めて、天狗党と諸生党の両方を扱った企画展(「郷土の天狗等・諸生派の事跡」・那珂川町馬頭郷土資料館)が開かれたからなのかもしれません。この企画展は茨城新聞で小さく紹介されるぐらいでしたが、これは水戸にとっては画期的な一歩です。
c0030327_11244283.jpg

 江戸末期に、水戸藩は尊皇攘夷の革新激派(天狗党)と、家柄のよい学閥主義の保守派(諸生党)に分裂して、戦争になりました。お互いに殺し合った結果、水戸の有能な人材はみな死んでしまい、桜田門外の変などで倒幕のきっかけを作った水戸藩も、明治維新には乗り遅れてしまいました。

 実はこのときの内部闘争の恨みつらみが、今の水戸市の行政や政財界にもまだ影響を与えていて、天狗党系列か諸生党系列かで反目しあっているとか。事実、私が水戸市の文化振興課の方に、「水戸市はちゃんと天狗党と諸生党のことを扱わないといけないんじゃないでしょうか」と話したときも、「現在も両派の力関係が難しくて、扱えないんですよね」とのことでした。天狗党の300余人が処刑された敦賀(福井県)では地域の方が手厚く葬ってくださっていたし、天狗党が幕府軍と戦った高崎では県の博物館で立派な企画展も開かれていたというのに・・・。

 今回の那珂川町(栃木県旧馬頭町)で開かれた企画展も、旧水戸藩領とはいえ、栃木県。まだまだこの話題が茨城県内に堂々と入ってくるには、はばかりがあるのでしょう。いつかこだわりなく両派が力を合わせて、地域の発展に力を尽くしてくれる時が来るといいなあと思います。明治維新の二の舞にならないためにも。
by emispiral | 2007-10-31 11:49 | 水戸藩歴史散歩