水戸 恵藍舎だより


by emispiral

水戸藩歴史散歩・9  天狗党と諸生党

 自分の中で、10年近く持ってきたテーマを、ようやくここに書けるようになりました。

 それはこれまでで初めて、天狗党と諸生党の両方を扱った企画展(「郷土の天狗等・諸生派の事跡」・那珂川町馬頭郷土資料館)が開かれたからなのかもしれません。この企画展は茨城新聞で小さく紹介されるぐらいでしたが、これは水戸にとっては画期的な一歩です。
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 江戸末期に、水戸藩は尊皇攘夷の革新激派(天狗党)と、家柄のよい学閥主義の保守派(諸生党)に分裂して、戦争になりました。お互いに殺し合った結果、水戸の有能な人材はみな死んでしまい、桜田門外の変などで倒幕のきっかけを作った水戸藩も、明治維新には乗り遅れてしまいました。

 実はこのときの内部闘争の恨みつらみが、今の水戸市の行政や政財界にもまだ影響を与えていて、天狗党系列か諸生党系列かで反目しあっているとか。事実、私が水戸市の文化振興課の方に、「水戸市はちゃんと天狗党と諸生党のことを扱わないといけないんじゃないでしょうか」と話したときも、「現在も両派の力関係が難しくて、扱えないんですよね」とのことでした。天狗党の300余人が処刑された敦賀(福井県)では地域の方が手厚く葬ってくださっていたし、天狗党が幕府軍と戦った高崎では県の博物館で立派な企画展も開かれていたというのに・・・。

 今回の那珂川町(栃木県旧馬頭町)で開かれた企画展も、旧水戸藩領とはいえ、栃木県。まだまだこの話題が茨城県内に堂々と入ってくるには、はばかりがあるのでしょう。いつかこだわりなく両派が力を合わせて、地域の発展に力を尽くしてくれる時が来るといいなあと思います。明治維新の二の舞にならないためにも。
Commented by tomohon at 2007-11-01 06:35 x
水戸天狗党と諸生党との抗争について、私は何も知りませんし、それが今も影響を与えているとは思いもしませんでした。
 とても参考になりました。
ありがとうございました。
Commented by emispiral at 2007-11-02 11:43
実は、そうなんですよ。。。
薩長が明治の新しい国づくりに奔走していたときに
水戸では身内同士の殺し合いをしていたんですよ。。
嘆くべきことです。
現代の私たちはその愚かしさをちゃんと直視して
そこから学んでいかないと・・・と思います。
Commented by ムーミン at 2007-11-03 03:56 x
それは驚きです。賢しらに語れば命とりですね。笑 やっぱり文革やフランス革命、学生運動でもそうですが、経験が浅い若者または視野が狭い人に過激な思想を広めるのはいつの時代でも危険ですね。斉昭公の時にお寺がかなり破壊されて、檀家の手で建て直したものが存外多いらしいです。それだけ思想の影響はすさまじかったんでしょうね。そして藩主が「よかろう様」と揶揄されるほど優柔不断で統率がとれなかったようです。たしかに薩摩や長州などの雄藩は水戸学の影響を受けましたが、幸いリアリストが多かったんだと思います。人材を失ったのもそうですが、おそらく故郷から離れた人が多かったんでしょうね。詩人の立原道造や戦後初の女性政治家である山川菊江も一族はだいだい水戸藩の学者だそうです。思想もそうですが、今日のニュースの自民党と民主党のように目的を履き違えた利権絡みによる悲劇ですね。
Commented by emispiral at 2007-11-03 23:01
思想と利権。
水戸藩はまさしくそれらに振り回されたという感じですね。
そしてそれらをたどっていくと、
光圀が皇国史観をもとに『大日本史』の編纂を
始めたことに、小さな火種があったようにも感じます。
徳川御三家にして、尊王という矛盾を孕んでしまったのかと。

立原道造や山川菊江の一族は、水戸の出身だったんですか!
初めて知りました。立原道造は立原翠軒関係でしょうか。

ムーミンさん、コメントをありがとうございました。
またいろいろ教えてくださいね。
Commented by ムーミン at 2007-11-04 06:19 x
いえいえ。こちらこそ。立原先生の子孫が道造にあたるそうです。他方、青山延ゆきの子孫が山川菊江氏にあたるそうです。水戸学の学者の子孫が共産主義の運動家というのが意外でした。笑 確かに親藩なのにおかしいですね。徳川吉宗は水戸藩に警戒して御三卿を配置したようです。実際、庶民に易しい黄門様どころか、学問のために重税を科すことと出費により、貧困と財政の難局に迫られたみたいです。維新後の水戸は死活化しましたけど、水戸学そのものは研究され軍部や教育に影響を与えたようです。大戦中に水戸イデオロギーこそ軍国主義の源だとアメリカは勘違いして水戸は空爆されてしまいましたね。
Commented by emispiral at 2007-11-05 15:43
山川菊江は、青山延ゆきの子孫ですか。
歴史の中にはさまざまな皮肉が存在しますね。
ムーミンさんがおっしゃるように
光圀の『大日本史』も結局は皮肉な結果になりましたし。

水戸学が軍国主義のプロパガンダに使われたことも
残念ですよね。それで、戦後は水戸学のことを口にするのが
どこかタブーのような雰囲気になってしまったような。。。

水戸空襲は、そんな訳があったんでしたか!
アメリカ人の書いた『水戸イデオロギー』という本が、翻訳されて
出ていますが、なんでこの人はこんな本を書いたのだろうと
不思議に思っていました。

余談ですが、
そういえば私はその著者にメールで質問したことがありました。
そのまま返事が来ていなかったことに、今気づきましたけど。笑
by emispiral | 2007-10-31 11:49 | 水戸藩歴史散歩 | Comments(6)