水戸 恵藍舎だより


by emispiral

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 昨日は冬至。太陽の光が一番弱くなる、太陽の誕生日です。これから少しずつ日がのび始めるとともに、自然も人間もだんだんと外へ向かう力に影響を受け始めます。寒さはこれからより厳しくなりますが、いろんな形で昨日から新しい流れが始まっていますね。

c0030327_1332542.jpg 冬至を迎えると毎年思い出すのが、10年ほど前に訪れた旧石器時代の遺跡、ニューグレンジ(アイルランド・ダブリン郊外)です。

 この遺跡にある石室には、普段、日がまったく射しません。けれども1年のうちで一日だけ、冬至の日の最も低くなった太陽の光だけが石室の奥まで射し込むように設計されています。

 紀元前3200年前の人々がそうやって冬至の日を祝ってきたこと、そして5200年ほども経過した現在も冬至の日にだけその石室に日が射すこと、それらを思うと太陽系の営みや人間の営みに対して、本当に畏れ多い気持ちが湧き上がってきます。

 みなさんは、どんな冬至を過ごされましたか?
by emispiral | 2007-12-23 12:10 | らせん式日記
 10月末からのマイ芸術鑑賞月間の最後は、11月末に行ったフィラデルフィア美術館展(上野・東京都美術館)。20代の初めごろに惹かれていた印象派とシュールレアリスムの画家たちの作品がたくさんあって、私にとってはどこかノスタルジックな展覧会でした。

 ステキアート研究会で茨城大学の小泉先生がおっしゃっていたのだけれど、「19歳から24歳ぐらいの芸術的好みが、生涯にわたって影響していく」とのこと。今はまだ印象派とシュールレアリスムに戻りきれないけれど、人生のいろんなことがもっとゆったりとしてくる頃にはその辺の好みにまた戻るのかもしれません。そんなことを考えました。
by emispiral | 2007-12-18 22:06 | らせん式日記
c0030327_23105355.jpgにぎやかな松ぼっくりの
ツリーができました。
私はこのツリーを見ると
なぜか遊び心がくすぐられる
感じがします。

実は・・・この松ぼっくりは、
伊師浜(日立市)生まれなんですよ。
by emispiral | 2007-12-13 23:21 | 子どもクラス
c0030327_2147567.jpg藤が原に引っ越してきてよかったと思う
理由のひとつは、公園に
こんな足つぼ刺激スポットがあること。
一周すると、かなり効きます。

おまけに、真ん中のベンチは
背骨ストレッチ用。

散歩の途中によく利用してます。


ただ、最近このスポットのすぐ近くに、住民だけがインターネットで見れる監視カメラが付いてしまいました。 誰かに見られているかも~と思うとやはりちょっと恥ずかしいのでした。笑
by emispiral | 2007-12-12 21:56 | 藤が原散歩道
 アトリエ倭空間(水戸市・酒門町)での、11月のアートワーク(小4、2人のプライベートワーク)から。

c0030327_1404372.jpg11月は、ろうそく遊び。

コーティングをしたり、ろうそくを細かくしたフレークを付けてみたり、クリスマスツリーのキャンドルを作ったり、松ぼっくりのスタンドを作ったり。




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で、最後に火を灯しました。


もうすっかり冬になって、
ろうそくの炎がとても強い光に
感じられるようになりましたね。
by emispiral | 2007-12-12 14:13 | 子どもクラス
c0030327_23152733.jpg 昨日は、中学校教師時代の教え子の結婚式に出席してきました。花嫁さんと花婿さんはともに29歳で、中学校の同級生。私は、彼らの今の年齢よりも若かったときに、2人の担任をしていました。

 中学の頃からやさしさが光っていた彼女と、ユーモアがあって人気者だった彼がお付き合いしていたのは、成人式の同窓会のときから知っていたけれど、さらに成熟して大人になった、晴れの日の2人は以前にも増してとてもすてきでした。

 結婚式と披露宴には、彼らの中学校の同級生たち30数人も出席していて、会場の一角は同窓会の様相。3年間のうちには1度以上担任した子たちがほとんどなので、久しぶりの再会が本当に本当にうれしかった。男の子も女の子もみんな光って見え、かわいくて仕方ない感じでした。

 その反面、5年間の中学教師時代を振り返ると、自分の至らなさに恥ずかしい気持ちも。20代は本当に無我夢中で余裕がなかったから、申し訳ない思いでいっぱい。「先生は、俺らを叱りながらよく自分も泣いてたよね」とか「こわいってイメージがあったよ。」とか「道徳の時間にも、(話に感動して)自分が泣いちゃってた」とか・・・。今の私なら何から何までもっと違ったふうにやったり、いろんなことをもっと上手に伝えられたりするだろうから、現在の私でもう一回担任をやらせてほしいという気持ちにもなったり。

 でも「先生の言葉で印象に残っているのは、『大事なのは、学校の勉強とスポーツだけじゃない』って言ってたこと」と話してくれた子がいたことで、未熟ながら私なりに一生懸命伝えようとしていたのかも、と少しほっとする感じがありました。で、精一杯だったんだから、仕方ないか・・・と自分をなぐさめたりして。

 それにしても若いときにあたたかい雰囲気の中学校にご縁をいただきつつ、教師としてスタートできたことは、本当に幸運だったと思います。その後インドネシアに留学するために、私は彼らの卒業と同時に退職したのですが、今回29歳の彼らに再会して、ひとりひとりがこんなふうに成長するんだという姿を見せてもらい、とても感激しました。

 そして目線を現在に移すと、今、目の前にいる子どもたちも、この若者たちのようにたくさんの成長や変容を経て、それぞれ自分らしい20代30代を迎えるのだということが透けて見えてくるのですよね。昨日はまさに、過去と現在と未来が大胆に交錯する一日でした。
by emispiral | 2007-12-11 01:30 | らせん式日記


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葉っぱがたくさん繁っていた頃には
全く見えなかった場所が
いつのまにか先まで
見通せるようになっていた。

はっとした。
物事は、いつも裏表で
同時に起こっているんだな。
by emispiral | 2007-12-07 23:58 | 藤が原散歩道
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 先日、12月のお茶のお稽古がありました。お点前の練習のときには、いつも次は何をするんだっけ?と考えてしまうのだけれど、今回はところどころ考えなくてもすっと手が出る瞬間があって、ちょっとだけ感動でした。

 そういえば、数ヶ月前にお茶の先生が、熊倉功夫さんのエッセー「茶の湯の心と型」のコピーをくださったのですが、その中に「茶の楽しみは、型を学び心の自由を得る中で、深まっていく」というくだりがありました。今回のお稽古では、型が少し入ってきて、その分心の自由が増えたという感じをちょっとだけ垣間見れたような気がしました。2年近く、型・型・・・とやってきて、ようやく一歩ドアの内側に入れたような・・・。型がもう少し入ってきたら、庭で実験茶会でも開いてみたいです。

 さて、この「型を通して心が生まれてくる」という考え方は、とても日本人らしい考え方で、私たちの日常生活の中にも知らず知らすのうちにしみついているんじゃないかなあと思います。いろんな場面に視野を広げてみると、あちこちで出くわす感じです。

 この「型から・・・」という考え方を自分に対してでも、子どもも含めて他人に対してでも意識して使ってみると、いろんな変化を起こす一歩になるかもしれないですね。ちなみに私は、「食器や鍋の洗い物は、即実行」という型を、ここのところ強化中。笑

 ともあれ、型から学んで得る自由と、初めから型に入らない自由と両方をもっていたいものだなあと思います。これって難しいかなあ!?
by emispiral | 2007-12-06 10:37 | らせん式日記
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自遊学校、初めてのお料理。
中学生2人が作った野菜スープです。

「初めて作ったけど、うまくできた!」と
2人はとっても満足げ。
おかわりして、いっぱい食べましたよ。
by emispiral | 2007-12-05 16:30 | 自遊学校レポート(アーカイブ)
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お約束どおり
セイタカアワダチソウが
泡立っています。

あまり評判のよろしくない
セイタカアワダチソウだけど
よく見ると、もこもこしてかわいい。
by emispiral | 2007-12-04 16:58 | 藤が原散歩道