水戸 恵藍舎だより


by emispiral

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 先日、鹿嶋市で開かれたカウンセリング連続講座の中のゲスト講師として、アートセラピーのクラスを担当させてもらいました。

 参加されたみなさんは全員、アートセラピーは初めてとのこと。それでまず最初に、「美術の授業ではないので、うまく描こうとしないでくださいね」と、話しました。私たちは学校教育を受けてくる中で、たとえば静物画なら実物に近い絵がうまい絵だと、そしてうまくない絵は恥ずかしいというような「学習」をしてきてしまうことが多いようです。もちろんそういう見方をするときもありますが、アートセラピーではうまい・下手といった物差しは必要としません。

 そんな話から始まったアートセラピーのワークでしたが、最後には、参加者みなさんがご自分たちでもびっくりするような独創的な作品が現れました。 そして、「楽しかった!」とか「こんなに描けるなんて、自分でもびっくり!」といった感想をたくさんいただいたり、みなさんの晴れ晴れとしたお顔を拝見したりして、私もとっても嬉しかったです。

 「こうでなくてはいけない」という思い込みから自分を解放させてあげると、クリエイティビティが生き生きとしだします。ワークを通して味わったこの感覚を、実際の生活の中でも活かしていっていただけたらな、と思いました。
by emispiral | 2008-10-30 15:14 | アートセラピー&アートワーク | Comments(0)
c0030327_17362397.jpg このブログによくコメントを投稿してくださるtomohonさんと、少し前にフォックスフェイスについてのコメントのやりとりがありました。その中で、私がフォックスフェイスを食べてみることになったので、早速、常陸大宮市のJA直売所でフォックスフェイスを買ってきました。1mもある大きな枝が、たったの200円也。さすが産地直売です。


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 子どもクラスにやって来た小5の女の子に、「そのうち、この実を割って、味見をするんだ~」と言ったら、「私もしたい!」と言うので、一緒に割ってみることにしました。




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  中身はこんな感じです。肝心のお味の方はと~っても苦くて、この実が食用ではなく、観賞用だということがとてもよく分かりました。
by emispiral | 2008-10-28 17:52 | 子どもクラス | Comments(2)
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 庭のホトトギスの花が咲きました。前の家の庭から夏みかんの木を移したとき、その根元の土と一緒に今の家にひそかに引っ越してきた花です。そう言えば、引越しの頃はとても忙しく、「ホトトギスを連れて来るのを忘れてしまった!」と思っていたので、春先に初めてその芽を見つけたときは、とってもうれしかったです。

 ホトトギスという名前は、模様がホトトギスに似ているからだそうです。でも英名は、Toadlily(ガマ百合)。そういえば、がまがえるの模様にも似ています。
by emispiral | 2008-10-23 23:54 | らせん式日記 | Comments(2)

歓迎レセプションの通訳

 先日、インドネシア語通訳の仕事でつくばに行ってきました。人工衛星からの画像データを利用した火山監視技術の研修に来た、18人のインドネシア人技術者を歓迎するレセプションでの通訳です。

 実はこのところ、火山や人工衛星などに関するインドネシア語の専門用語を勉強したり、今回の研修のスポンサーである財団の方のスピーチを翻訳したりと、かなりインドネシア語濃度!?の高い日々を過ごしていました。それで、心の中で話す言葉もインドネシア語と化してきてしまっていて、自分でもよく可笑しくなったりしていました。「あ~、もう8時になっちゃった」というような心の中の呟きが、思わずインドネシア語で出てきてしまうという訳です。

 私にとって科学技術関係の通訳は初めてだったので、緊張と楽しみな気持ちが入り混じった感じで当日を迎えました。でも、実際は来日したインドネシア技術者の方々はみな英語がとても堪能だったため、私は乾杯のスピーチ(翻訳したもの)を、日本語に付いて読み上げたぐらいで、あとはインドネシア人の技術者の方々やインドネシア大使館の方、また日本の財団の方々と楽しくお話しさせてもらった感じでした。

 それから今回勉強になったなあと思ったのは、日本の海外への技術援助が実際のところどんな形で行われているのかということがよく分かったことです。もちろん様々な形がある中のひとつではあると思うのですが、今回のプロジェクトはスポンサーになってお金を出す財団法人、実際に技術を教える財団法人、そして彼らの研修をコーディネートする社団法人という三者の協力関係で成り立っています。

 コーディネートをしていたのはJISTECつくば事務所の様々な国籍(日本・スウェーデン・中国)の女性たち4人。みなさん日本語も英語も堪能で、レセプションを成功させるため、そして研修生が快適に過ごせるようにと、様々なところに気を配っていらして、すてきなお仕事だなあと思いました。

 という感じで、私にとってはいろんな意味でたいへん刺激的な一日でした。そしてまだいつか分からないけれど、次の通訳のお仕事のためにこれからもインドネシア語の力をもっともっとつけていきたいと思いました。
by emispiral | 2008-10-20 22:24 | インドネシア語 | Comments(0)
 毎月1回、恵藍舎で開いているアートセラピー講座。今はもうかれこれ4年ぐらいになります。

 今月はパステルを使ったワーク。メインのワークに入る前に、パステルと仲良くなるための小さな練習ワークをしました。1枚は黄色のみを使ったもの。そしてもう一枚は赤・青・黄の三原色をつかったものです。色の制約があることで、かえって各色の可能性を伸ばすことができるんですよ。
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 今は、このクラスのお知らせも含めて、恵藍舎からのお知らせは全く作っていないので、ご興味のある方は直接メールかお電話で問い合わせてくださいね。
by emispiral | 2008-10-20 14:24 | アートセラピー&アートワーク | Comments(0)
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 藤が原に来てから、私は生まれて初めてとんびの声を聞きました。高く、悠々と旋回しながら、「ピーヒョロロロロ」と軽やかな声で鳴きます。本当に気持ちよさそうです。 ただ残念ながら、写真にはなかなか撮れないのですけれど。
by emispiral | 2008-10-15 22:52 | 藤が原散歩道 | Comments(0)
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 先日、久しぶりにひたちなか市の中島正周さん(89歳)を訪ねました。彼のことはずうっと以前もこのブログに書いたことがありますが、幼少時から20代の初めまでインドネシアで過ごし、インドネシアの独立をはじめ、戦後の復興など様々な形でインドネシアの発展に貢献されてきた方です。

 今回は、インドネシア人の若者3人と一緒に伺ったのですが、スカルノ元大統領をはじめ、彼の口から出てくる要人の名前の数々に、留学生の3人は目を白黒させていました。いろいろとお話が進むうちに、中島さんが発案し、脚本の制作から、現地での撮影にまで関わったという映画「ムルデカ 17805」のビデオを観ることになりました。

 ムルデカというのは、インドネシア語で、独立という意味。インドネシアは、オランダによる約350年にわたる植民地支配のあと、3年半ほど日本の占領を受けました。やがて日本軍が敗戦とともに撤退した後、再び舞い戻ってきたオランダ・イギリス軍とインドネシア軍との間で、独立のための戦争がありました。そのときにインドネシアに残っていた多くの日本兵がインドネシア側について戦い、最後にはインドネシアは勝利して独立を成し遂げます。この映画は、日本のインドネシア占領のあたりから始まって、インドネシアの独立までの戦いを描いたものです。中島さんによると、すべて実話なんだそうです。

 私はこの映画を観るまで、350年にもわたって統治してきたオランダを、日本軍が実際のところどうやって追いやったのか、全く知りませんでした。そのいきさつは、こんなふうです。ジャワ島に上陸した日本軍の中で、まだ20代前半のある青年中尉が上官の許可も得ずに、一人の日本人通訳を連れて、単身オランダ軍司令部に乗り込みます。そして彼は、「日本軍はもうオランダ軍を包囲している」と言って、無条件降伏を迫るのです。(中島さんによると、これはハッタリで、実は全く包囲していなかったとのこと。)結局、オランダはこの若い日本人中尉のハッタリにまんまとだまされて、インドネシアの統治権をすんなりと日本軍の手に譲りました。

 この中尉と通訳という2人の若者が、オランダ軍司令部で武器を四方から突き付けられつつもひるまずに堂々としているシーンは、とても胸に来るところがありました。そのシーンで私が中島さんを振り返って、「ひょっとして、この通訳は、中島さんご自身ですか?」と聞くと、「そうですよ」と中島さんはにこにこなさっていて・・・。ここにいらっしゃる中島さんが歴史のターニングポイントを作った方なんだということが分かって、心が震えてくるようでした。

 そのようないきさつで日本が占領を始めた直後、中尉や中島さんたちは、青年道場というインドネシア青年の訓練機関を立ち上げ、インドネシアが自分たちで独立を勝ち取ることができるよう人材の育成にエネルギーを傾けていきました。やがて、日本軍軍司令部からは反目されるようになってしまうのですけれど、それでも彼らは最後まで志を貫き通したのでした。「資源の宝庫であるインドネシアを食い物にしようとしたのが日本軍の上層部の考えだったんだけど、私たちはインドネシアにのめり込んじゃったんですよ」と中島さんが話してくれました。

 話は飛びますが、激しい戦闘の末、多くの犠牲を払いつつもインドネシアが独立を勝ち取った最後のシーンは、泣けて泣けて仕方がありませんでした。戦争にまつわる話を読んだり、映画を観たりすると、今の平和な社会は本当にたくさんの方の犠牲の上に成り立っているのだということを痛感します。そして私たちの属するアジアがどのような道を進んできたのかを、もっともっとよく知らなければ、と思いました。

 
by emispiral | 2008-10-15 00:33 | インドネシア語 | Comments(2)
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椅子に座ってすることばかりが
学びじゃありません。

「感じる」という学びのために
私たちはよく歩きます。
by emispiral | 2008-10-10 01:24 | 子どもクラス | Comments(2)
c0030327_1843396.jpg 先月のことになりますが、銀座松屋で開かれていた「白洲次郎と白洲正子展」に行ってきました。

 白洲夫妻の邸宅であった武相荘(町田市)には、以前2度ほど足を運びましたが、今回の展覧会は2人の足跡を俯瞰できるたいへん興味深いものでした。

 特に憧れの白洲次郎については、衣服、スーツケース、GHQの作った日本国憲法草案の翻訳原稿、GHQとの間で交わされた英語の書簡、細川元首相に送った自筆の手紙など、彼の人となりを感じさせる品々が多数。ひとつひとつをじっくりと見ることができて、とても感激でした。

 彼は、GHQに対する日本の窓口でもあり、GHQの軍人たちをして「唯一従順ならざる日本人」と言わしめた豪傑。時の外務大臣・吉田茂の元で外交手腕を発揮したその当時、彼はまだ45歳でした。180cmを超える長身に加え、堂々とした態度で欧米人と対等にやり合う様子は、本当にかっこいいなあ・・・といつもながら思ってしまいます。

 また、これは彼が憲法案の調整役となっていた間に書かれた手記の最後の部分。
「・・・其ノ如クシテコノ敗戦最露出ノ憲法案ハ生ル  『今ニ見テイロ』ト云フ気持チ抑ヘ切レズ ヒソカニ涙ス」。 
アメリカの作った草案を日本国憲法としなくてはならないくやしさがにじみ出た文面に、彼の心の内を垣間見たようで、なんだかとてもうれしい気持ちになりました。そして今回資料を見る中で改めて、彼がもしいなかったら戦後の日本はアメリカの支配をもっと強く受けていたのではないかなあと思いました。
by emispiral | 2008-10-08 19:22 | らせん式日記 | Comments(2)
 この間の新月の日。10年来の友人である占星術師のるしえるさんが、セラピストである奥様の鮎沢玲子さんと宇都宮で開いているカラーズガーデンに行って来ました。

 朝、久しぶりに開いたカラーズガーデンのサイトで、夕方に「新月の瞑想会」が開かれることを知り、しかも今月は私の太陽星座である天秤座がテーマだということもあって、直感的に行ってみようと決めました。

 新月の日は、旧暦の朔(ついたち、語源は「月立ち」)でもあり、生きとし生けるものすべてにとっての巡りくる始まりの日。人間ももちろん、目には見えないけれど宇宙の周期の始まりに影響を受けています。この始まりの日に、心静かに自分の今を見つめ、始まる新しい周期を方向付けることは、自分の日々の歩みの舵取りをするようなものかなあと思います。

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 そんな大切な日に毎月開かれている、新月の瞑想会。るしえるさんには占星学からのメッセージを翻訳してもらったり、鮎沢さんからはオーラソーマを通したメッセージをいただいたりと、静かで透明で、そしてとっても贅沢な時間を過ごしました。
by emispiral | 2008-10-03 01:15 | らせん式日記 | Comments(0)