水戸 恵藍舎だより


by emispiral

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稲刈りの済んだ田んぼですが、
切り株から出た緑の葉が
元気に育っています。

訳もなく、
なんだかうれしくなる光景です。
by emispiral | 2008-11-20 15:03 | らせん式日記 | Comments(2)
 NPO東京自由大学の主催するアートワークショップ「鎌田東二の聖地歩行 浅草編」に参加しました。 鎌田東二先生は、京都大学こころの未来研究センターの教授をされていることをはじめ、他には細野晴臣さんたちとともにサルタヒコ・フォーラムを主催したりするなど、さまざまな活動をされている方。私は20代のときから彼の著作に触れてきていたので、初めてお会いできるのをとっても楽しみにしていました。

 まずは神田にあるNPO東京自由大学(神田)に集合して鎌田先生のお話を聞いてから、上野を目指して出発。今回のワークショップは、歩行(ほぎょう→歩く行)ですから、神田~秋葉原~上野~浅草とすべて歩いて回ります。地図で見ると長く感じましたが、歩いてみると神田から上野まではそんなに時間はかからないんですね。

c0030327_17454314.jpg まずは上野の不忍池の真ん中にある弁天様へ。この上野公園一体は、徳川家康に重用された比叡山延暦寺の第53世貫主・天海僧正プロデュースの一大プロジェクトであったそうです。そしてこの天海僧正の計画は、京都に比叡山があるように、江戸にとっての比叡山を上野に作ることだったとか。そうして現在の上野公園の全域を寛永寺(またの名を東叡山)として整備しました。不忍池は琵琶湖を模して作ったもので、その中央の中島は琵琶湖の真ん中に浮かぶ竹生島のコピー。そういえば竹生島にも弁天様があったのを思い出しました。

 また比叡山は京都から見ると鬼門(北東)の方角にあることから、京の都を守る意味もあったり、学術のメッカでもあったりしました。上野も確かに江戸城から見ると鬼門の方角ですし、現在もお寺や博物館や東京芸術大学があったりして文京地区になっているんですね。そんなふうに上野を見たことがなかったので、びっくりでした。


c0030327_1813581.jpg 次に向かったのは、上野動物園に隣接する上野東照宮。広大な寛永寺の境内にある、徳川家康・吉宗・慶喜を祭った神社です。(そういえば、討幕軍との戦いの最中に大阪から逃げ帰った慶喜が謹慎したのは、寛永寺でした) 建物は日光東照宮ほど豪華絢爛ではありませんが、拝殿の様式は、畳から一段下がったところに座ってお参りするという同じスタイル。日光の方も天海僧正の事業だったのですから、自然なことですね。そして、日光も江戸の鬼門にあたるというのがすごいところ。そうやって江戸を守っていくというのが天海僧正のスケールの大きいプロジェクトだったようです。

 この後、みなさんは浅草へと向かったのですが、私は残念ながら用事があって上野までで失礼しました。それでも憧れの鎌田先生と写真も撮っていただいたし、また街を見る新たな視点をいただいたしで、大満足して帰りました。
by emispiral | 2008-11-19 18:53 | らせん式日記 | Comments(2)
 先月のことになりますが、つくば市の二の宮ハウスで、外国人の居住者向けのTシャツワークショップをしました。このワークショップの発案は、二の宮ハウスの西川景子さん。最近漢字の書かれたTシャツを来ている居住者を多く見かけるので、自分でTシャツに漢字を書くワークショップができないか・・・と声をかけてくださいました。それでいろいろとアイディアを出し合って、結局、2回のワークショップにまとめる方向になりました。

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 1回目は絞り染め。(英語では、tie-daye/タイ・ダイと言います) 木綿の布やTシャツを染料で染めました。染料をしみこませてから縛ったひもや輪ゴムを解くと、思いがけない柄ができてくるんですよ。




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 2回目は、書道の基礎練習とTシャツに漢字を書く番。書きたい文字が決まっている人には事前に知らせてもらって、お手本を用意しました。「真宇路」というのは、イタリア人のマウロさんのお名前を漢字にしたもの。「外人」や「不審者」というリクエストには、爆笑しました。

 当日、まずは横線・縦線を書いたあとに、「永」の字を練習。実演しながら英語で筆運びを細かく説明するのは限界があり、我ながら「大丈夫かなあ」とちょっと心配になりました。でも実際に書いてもらうと、その心配は杞憂であったことが分かって、一安心。それどころかみなさんとーっても味のある字だったので、本当に驚きました。やっぱり決まりにとらわれない方がのびのびとした字になるのでしょうね。

 それからTシャツに書く字を練習しました。本番前の練習なので、みなさん真剣そのもの。それで、こんなTシャツが出来上がりました。(下の5人には写真掲載の許可をいただいてあります。)


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c0030327_20355369.jpg こちらのスペイン人の男性は、「日本人のボスが見たらなんて言うか楽しみ!」と、とってもうれしそうでした。「外人」という言葉は決して日本人が外国の方に使ってはいけない言葉ですが、それを逆手に取り、こうやってシニカルな笑いを含んだメッセージとしてしまうあたりが、ラテン系の方のおおらかさなのかあと思いました。

 この他にもさまざまなTシャツが出来上がり、みなさんが喜んでくださったのがとても嬉しかったです。そしてこのような機会とアイディアと当日のたくさんのサポートをくださった西川さんに、本当に感謝です。

 
by emispiral | 2008-11-18 20:52 | アートセラピー&アートワーク | Comments(4)
 高校生と中学生の姉妹がやって来ました。妹は期末テストの勉強を教わりに来たのですが、お姉ちゃんの方は高校生なので本当はもう自遊学校の卒業生です。彼女のように高校生になっても自遊学校に来たいという子には、授業料をいただかないかわりに、年下の子の面倒を見たり、お手伝いをしたり、あとは好きに勉強したり・・というふうに過ごしてもらっています。

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 この日、お姉ちゃんには窓拭きをお願いしました。今までやったことがなかったそうで、彼女にとってはチャレンジ。でも結構楽しそうに作業をしてました。





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 勉強をしながらお姉ちゃんを横目で見ていた妹は、休憩の時間になったら自分も窓拭きをしたくなったらしく、はりきってました。





 窓拭きの面白さに味をしめた2人は、家の窓もきれいにしてみようと思ったみたいです。私はしめしめとにんまりしました。お掃除は、心を磨くことでもありますからね。
by emispiral | 2008-11-17 21:24 | 自遊学校レポート(アーカイブ) | Comments(0)
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 散歩中、お地蔵さまの前を通りかかったら、そのすぐ前に蛇が横たわっていました。よく分からないけれど、なんだかちょっと特別な気がしたので、思わず手を合わせてから、写真を撮りました。





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 死んでいるのかなと思い小石を近くに投げましたが、やはりそのままでした。お地蔵さまの前までやってきて、息絶えたのでしょうか。1週間後に再び見てみると、蛇はいなくなっていました。ちょっと不思議な気分になりました。
by emispiral | 2008-11-15 20:36 | らせん式日記 | Comments(2)
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 私が子どもクラスで作ったフェルトのサイコロを見て、自遊学校にやって来た小1の3人も作ってみたいとのこと。小さな手でちくちくと、根気強く頑張りました。

 そしてそのあとは、習ったばかりの漢字や繰り上がりの足し算の練習しました。
by emispiral | 2008-11-15 20:23 | 自遊学校レポート(アーカイブ) | Comments(0)
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 奥多摩湖で、浮橋というものを初めて見ました。「橋とは橋げたの上にのっていて空中に浮いているもの」と知らず知らずのうちに思い込んでいたことに気づいて、小さな発見でした。


 
 でもよく考えてみれば、古くは因幡の白うさぎだって、舟橋蒔絵硯箱に描かれていた舟橋(連なって置かれた舟に板を渡したもの)だって、水面に浮かぶ橋。橋の原型は、水の存在感を感じながら、ゆらゆら、ふらふらしながら渡って行くものなのでしょうね。奥多摩湖の浮橋を渡る浮遊感に、ちょっとわくわくしました。
by emispiral | 2008-11-15 00:37 | らせん式日記 | Comments(0)


c0030327_23523565.jpg少し寒くなってくると、
フェルトワークがしたくなってきます。
この日、小学生の子と2人で羊毛を
専用の針で刺しながらまとめていくうち、
彼女はサイコロを作り始めました。

最後に、いろんなサイコロと記念撮影。
真ん中の2つが羊毛から作ったサイコロです。
by emispiral | 2008-11-14 23:59 | 子どもクラス | Comments(0)


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 吾亦紅(われもこう)の花。
 
 子どもの頃、この花を見つけると
 とても嬉しかった記憶があります。
 名前の語感も、漢字の字面も
 なぜか好きです。





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 甘柿。

 庭になったものを、
 友人からいただきました。
 枝や葉っぱごと・・・・というところが
 友人の風流な心遣いです。 
by emispiral | 2008-11-06 22:49 | らせん式日記 | Comments(2)
 私にとって、ここ数年のうちでもっとも頻繁に足を運んでいる美術館・博物館は、東京国立博物館です。年間パスポートを毎年買っていますが、充分過ぎるぐらい元を取っています。先月の中ごろには、待ちに待った「大琳派展~継承と変奏」を見に行ってきました。

c0030327_16264146.jpg 琳派というのは、本阿弥光悦・俵屋宗達→尾形光琳・乾山→酒井抱一・鈴木其一と引き継がれた美術の一潮流なのですが、とてもおもしろいのはこの2つの→のところにはそれぞれ100年ほどの時間の隔たりがあるということです。引き継がれたと言っても、師弟関係にあったわけでもなく、それどころか会ってさえいないのです。作者の死後に作品を見て感銘し、模写などをしながら、自分なりの解釈・表現方法を加えつつ、美意識を継承していったのでした。そして後世の人たちが勝手に彼らをひとくくりにして、70年代ごろから「琳派」という呼び名が使われるようになったとのこと。展覧会の副題、「継承と変奏」はその辺のところがよく表現されているなあと感心しました。

 ところでほぼ同時期に活躍した狩野派は、幕府や大名からパブリックな事業を請け負った今で言うゼネコンのようなものでした。一方これに対して、琳派の作家たちは関西の裕福な町人の出。時の権力から遠いところで斬新な表現が花開いたといった感じで、私はどちらかというと琳派の方により魅力を感じます。

 模写されたことで有名な「風神雷神図屏風」。これはもともと俵屋宗達が最初に描いたものを、尾形光琳・酒井抱一・鈴木其一が自分の解釈を加えつつ模写していった作品です。上の写真に出ているのは、尾形光琳のものです。前回の展覧会「対決 巨匠たちの日本美術」で宗達と光琳の「風神雷神図屏風」が並んで展示されていましたが、私はこの屏風では光琳は宗達を超えることはできなかったと思っています。けれども光琳がそれからさまざまな試みをしていく中で、尊敬する宗達の美意識を引き継ぎつつ、独自の世界を構築し、「紅白梅図屏風」などの数々の名作を生み出す高みまで達したというそのプロセスに、深く興味をそそられる感じがします。

 学ぶというのは、あくまでも自発的なもの。私の尊敬するある写真家の方は、「技は教わるものではなく、盗むもの」と言います。「この人のここがすごい」と思ったら、自分からそのすごさを取り入れていくということなんだそうです。そしてその行為の積み重ねが成長になるのだと。琳派もそうやって自発的に引き継がれてきたというところが、やっぱりまたすごいと思うのです。

 今回は前期のみ展示の「燕子花図屏風」(光琳)を見のがすまいと慌てて行ったところもあるのですが、作品としては「舟橋蒔絵硯箱」(本阿弥光悦)と「夏秋草図屏風」(酒井抱一)により感銘を受けました。そして人間としては、何といっても本阿弥光悦。絵画から工芸品まで、あらゆる面でアートプロデューサーとしての能力をいかんなく発揮した彼が京都に開いたという芸術家村(鷹峯)にもいつか訪れてみたいなあと思っています。

 

 
by emispiral | 2008-11-05 17:32 | らせん式日記 | Comments(2)