田んぼと用水路の間の真っ暗な農道を歩いていくと、遠くにほのかなホタルの光が見え始めて、「いた、いた!」という声の合唱。それから、光を放ちながら飛んでゆくホタルをそっと捕まえてみたりもしました。

これは、参加したあるお父さんの手の上のホタル。大きなホタルの放つ光は、思った以上に明るいんですよ。

帰り道には、赤い木苺も食べました。この辺は寺尾さんの散歩コースだそうで、真っ暗なのに「ここにはトリカブトが出るんですよ」などと、どこに何があるのか本当によくご存知で、びっくり。ホタルだけでなくていろんな植物のことも教わって、とても面白かったです。
それにしても、街灯のない真っ暗な道を散歩すると、普段使わない感覚を刺激されますね。人間の中の野生性を呼び起こす感じと言ったら、ちょっと大げさかもしれないけれど、でもなんとなくそんな感じです。
またこの日は、図らずも夏至。巷では「キャンドルナイト」といって、夏至の日の8時から10時に電気を消そうという運動がさかんになってきています。私たちもちょうどこの夏至の日に、電気を灯さない暗い夜を楽しむことがでて、よかったなあと思いました。またいつか子どもたちと夜のお散歩をしてみたいです。

友人宅でごはんをごちそうになりました。彼女のごはんをいただくと、シンプルで控えめな味付けこそが素材本来の味を引き立てるのだということが、本当によく分かります。それで、なぜか体の中心感覚を思い出させてもらうんですよね。
お米は、山川村農園(茨城町)で作られたアイガモ農法による無農薬有機栽培の玄米。アイガモが害虫を食べるお仕事をしている間にカラスに狙われないよう、農園の方たちは1日中田んぼを見張っていたりするんだそうです。そんなお話を聞いていると、なんだかとてもありがたい感じがしてきてしまって・・・。私も山川村農園の玄米をときどき食べていますが、お米を研ぐときから一粒一粒が元気でかわいい感じなんですよ。作っている方の思いが入っているからかなあなんて思います。
それにしても、お茶のお道具は風流な遊び心があって、本当におもしろい。幸運なことに、京都で骨董を学んだというお茶の先生のもとでお稽古をさせてもらっているので、使わせていただいたり、拝見したりする器物や掛け物などは素晴らしいものばかり。それらについてお話もうかがいながら、少しずつ勉強している感じです。
少し前になりますが、兄弟弟子の友人と某百貨店の「茶道具展」に出かけたときのこと。会場内を一周し終わってから、思わずお互いの顔を見合わせてしまいました。「あんまり、いいものがないね・・・」と。そうして私たちが普段のお稽古でいかに一流のお道具を使わせていただいているのか、そうしてそれによっていつの間にか私たちの目が肥えていたのだということに気づいたのでした。 「本物を見ること、本物に触れること」が大事なのは、知らず知らずのうちに本物を見極める目が育つから・・・このことを身をもって体験した感じがしました。実際のところはまだまだ育ち始めの、よちよち歩きですけれど。
お茶の世界に足を踏み入れて、やっと2年。まだまだ入り口付近でうろうろしている感じですが、お道具のこと、茶花のこと、お作法のこと、お茶の言葉・禅語のこと、知りたいことがいっぱいでわくわくします。ほんの少しずつの学びでも、30年も続ければ、「それなり」になるかなあと。まあ、「それなり」にならなくとも、その途中をのんびり楽しんでいこうと思っています。